能登の未来

FUTURE

祭り太鼓を叩き続ける!

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投稿者

福田啓太

僕が未来の能登に残したいのは、「祭り」です。僕は能登町松波に生まれました。松波には「人形キリコ祭り」という、人形を飾ったキリコ(巨大な灯篭)を担いで街中を練り歩く祭りがあります。0歳からキリコに乗り、小学生の間はほぼ毎年、太鼓を叩く役目を務めてきた僕は、伝統的なこの祭りを百年後の能登に必ず残したい。

 生まれた時から身近な存在だった「祭り」。僕の家にはばぁばが買ってくれた太鼓があり、毎日それを叩いて育ちました。家の中で祭りができる小さいキリコもあります。幼い頃はレゴや粘土でキリコを作る時間が一番楽しかったです。小学三年生の祭りでは初めて一日中太鼓を叩き、周りの大人達を驚かせました。中学校では机を太鼓にして先生に思いっきり叱られたり、テストにキリコの絵を描いたり、何かあるとすぐ「でんでんっこでんでーん!」と祭りを始めたり‥‥僕の思い出はすベて、祭りと共にあります。どれも一生忘れない、大切な思い出です。

 そんな僕には憧れの人がいます。長年、キリコの指揮を執る太鼓を叩いてきた、じぃじです。小さい頃はじぃじと二人で一緒に毎年太鼓を叩いていましたが、歳をとるにつれてじぃじはキリコを降り、跡を継いで僕が一人で叩くように。そしてじぃじの凄さに気がつきました。キリコの指揮を執り、大きな声援を浴びながら、バチを持った腕を大きく振り下ろす。胸に響く太鼓の音。鮮やかな景色に日常を忘れ、まるで主人公のような気分になる、キリコの上は最高の場所でした。じぃじから引き継いだこの役目を、大好きな祭りの景色を子どもや孫に引き継がなくては、と強く思います。
 
 元日の地震は、僕たちからたくさんのものを奪っていきました。能登を出ていく人もいるかもしれない。でも伝統の祭りをここで途切れさせず、太鼓を叩き続けることが、僕たち若者の使命だと思います。僕だけじゃない、小さい頃からずっと一緒に育ってきた友達も同じ気持です。それが、僕たちを育ててくれた能登への恩返しです。これからも大好きな能登の復興に向けて、自分ができることを全力でやります! またみんなで、でんでんっこでんすっぞ~‼︎

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