能登の未来

FUTURE

海や山に寄り添った生活がつくりだす風景が残る能登

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投稿者

山本亮

自分は、農大の研究で関わることになった能登の文化的景観(生活や生業から生まれる風景)が大好きになって、この美しい風景をつくりだす生活や都会にない豊かな生活ができることに惹かれて能登に移住してきた。震災後、美しかった風景が変わってしまった。
風景は人々の生活によってつくり出される。新たに風景をつくりだすには100年かかると言われている。建物が元に戻れば景観が戻るわけではなく、新しく作られたそれらが暮らしに馴染んでいき、人がそこで暮らしていくなかつくられる様々なものによって風景ができていく。たとえば、舳倉島だと各家の前に海藻が干せる岩場があったり、大沢の間垣の風景もそう。三井町だと自宅で冠婚葬祭をやっていたから家が大きく作られていたり、2階の窓に玉ねぎや大根が干してあったり、生活のなかで行われることと家の空間がセットでつくられている。震災前の能登にはこれまで100~200年で人が生活しているなかでつくられてきた風景がたくさん残っていた。
100年後の能登には、山や海の恵みを活かした生活が残っていてほしい。自分が見ていて心地良いなと思う風景はそういう山や海に寄り添った人の営みから生まれてくる。そういうものが無くなってしまうと悲しい。いままでの能登の風景が戻るというよりも、100年後には、現代の新しい要素も取り入れながら、能登の山や海に寄り添った生活がつくりだす、この土地に馴染むような風景が創られていてほしいなと思っている。
100年後だったら、多くの人の価値観が変わり、能登の暮らしが良いと思って人が住んでいる未来があるかもしれない。そういう人たちを惹きつけられる能登であったらいいなと思う。100年前の奥能登の人口が20万人ぐらいだった気がするので、もう100年経ったら価値観が逆転して、また20万人になってたら面白いな。100年後だったら、そんな夢を描けるかもしれない。能登には、土地と繋がっている生き方、土地に根付いている精神がある。山や海の恵みをいただきながら季節を過ごし、アエノコトなど自然に対する良い意味での畏怖の念と尊厳を持っている。それが外の人が能登に住む人たちを魅力的に感じる理由の根源にある。そこが失われなければ、魅力を感じて能登に住んでくれる人はいると思う。

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