能登の未来

FUTURE

私たちの帰る場所

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投稿者

寺田桃華

 私は能登が大好きです。放課後に友達と広くて綺麗な海を見に行く時間が好きでした。波の音や鳥の鳴き声近所の方達の笑い声や話し声を聴きながら私達はこの町で育ってきました。ここに住む人達は若者からお年寄りまでみんな祭りが大好きです。夏になればみんなキラキラと顔を輝かせ年齢関係なく楽しくこの先もずっと祭りがしたいという気持ちで祭りをしています。私は今高校2年生で進路実現のために本格的に進路を考え始めました。友達に進学か就職かどっちにする?と聞くと祭りしたいし地元残ろうかなって言う人達がいるくらい私の周りにも珠洲が大好きな人達で溢れています。そんな中、令和6年1月1日それは突然に訪れました。一回目の地震がきました、揺れはいつもより少し長く元旦からいややなぁと話しながらテレビを見ていると、2回目の揺れが来ました。今までに体験したことの無いくらい強くて長い揺れでした、家の中のものが倒れ目に映るものは全て歪んで映っていました。その時に見た外の光景は今でも覚えています。建物が崩れ地面が割れ現実を受け止めきれませんでした。そんな時、「津波や!津波きとる!」その声で川を見るとものすごい勢いで川の水が迫ってきていて、自分が生きている間に津波を目にすると思っていなくて本当にびっくりしました。それからは、友達とは連絡も取れずやっと話せたのは2週間後でした、連絡が取り合えた時無事でよかったという気持ちで安心しました、道が割れ友達にも会いに行くことが出来ず顔を見て話せたのは1ヶ月後でした。ラジオでしか町の状況を知る事しかできない日が続きいつまで続くんやろと不安な毎日でした。まちなかの方に行くと建物は崩れ道は割れ電柱も傾いていて別世界に来たようでした。自分自身も友達に会えず環境が変わり学校も予定通り再開することが出来ず不安な毎日で、この先私はちゃんと学校に通えるんかな今までと同じようにまた笑って過ごせるんかなと考える事が多くなり、進学したいという気持ちがあったので家族に相談し金沢に出て通信に切り替える決断をしました。大好きなこの町で友達と沢山思い出を作りたかった、祭りがしたかった色んな気持ちはあるけど自分の未来のために頑張ろうそう思いました。急な地震により変わった事は多くあります、私達の大好きな祭りがなくなり友達との思い出の場所は自然災害により酷く変わり果てています、海を見れば津波を思い出します。壊れた自分の家を見るとあの日の光景が蘇ります。だけど私達は能登が大好きです、みんなで助け合い祭りがしたい、生まれ育った大好きな能登を復活させたいという気持ちを糧に頑張っています。少しずつでいい私達の大好きなこの町が今までのように笑いの絶えない素敵な場所に戻って欲しい。また、夏が来れば祭りやー!と騒ぐ若者や大人達のキラキラと輝く顔が見たい、100年後も皆にとって大好きな町であり帰りたくなる故郷であって欲しいです。

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