能登の未来

FUTURE

復興の象徴 里山・里海の道

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投稿者

古原百華

 100年後、能登半島が穏やかなドライブが出来る場所であってほしいです。
 私は輪島で生まれ育ち、能登半島の里山・里海の風景が大好きです。実家は山間部で、祖父母が作った野菜や果物を食べて育ちました。車の免許を取ってからは、帰省する度に私の運転で祖父と能登半島をぐるっとドライブしていました。奥能登の道は里山・里海の風景がとても綺麗なことに加えて、道も整備されていて交通量も少ないため、初心者の私でもゆったりとドライブを楽しむことが出来ます。ドライブの間、祖父と進路についての話しや家族についての話など人生についてたくさん話しました。千枚田や見附島のような観光名所も多く、所々で車を降り風景も満喫していました。
 今回の震災では、たくさんの道が寸断されてしまい孤立地域が多く発生しました。私の実家の集落も孤立し、最終的には最低限の荷物を持ちヘリに乗せられ集落ごと外に出てきました。集落全体で脱出し人がいなくなり、ライフラインも寸断され、そもそも過疎化・高齢化が深刻だったので、集落の人々は道が修復し出入りできるようになるまで何年かかるのだろうと絶望した雰囲気でした。集落を出て電波が入る場所に出ることが出来ると、徐々に変わり果てた能登の風景をニュースを通して知っていきました。ドライブで回ったどの場所も、道が崩落していました。それから、「道路復旧マップ」と国土交通省のSNSを確認し道路の復旧状態を気にする毎日でした。何年かかるのかわからないと思っていた道路の工事が始まり、復旧したということを聞いたときには本当に嬉しかったです。こういう道路の復旧でも希望の光になるのだと実感しました。
 現在は、あらゆる道路の応急処置がなされている状態で、道がつながっただけでもかなり安心しています。とはいえ、先日実家の片付けに戻ることが出来たときには、震災後初めて生で市内の状況を見て、完全な復旧にはかなり時間がかかると実感しました。100年後には、能登半島が穏やかなドライブが出来る場所になっていてほしいです。

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